翻訳講座の受講メモです。第11回の課題は、でご紹介した水林章先生の本の一節です。
ここは、「福島の動物の写真を見ると、今は亡き愛犬、メロディーが家にひとりぼっちで取り残された時の眼を思い出す」、というところから入り、心をつかんで離さないある絵の描写が続きます。
きょうはその描写部分の訳として、私が提出した和訳とお手本の訳文を紹介します。フランス語の文章の独特の流れをどうやって日本語にしたらいいのか何かのヒントになればうれしいです。
「黒い絵」の描写
描写されていた絵はゴヤの「犬の絵」。「聾(ろう)の家」の壁に描いた「黒い絵」の一部分です。
原文
Que voit-on exactement ? Presque rien. Juste, dans la partie inférieure du tableau, la minuscule tête d’un chien enseveli sous une matière de couleur sombre : le sable ou la terre.
La reste n’est que le vide sur fond ocre envahi d’une espèce de coulée d’encre diluée, teintée par endroits d’une faible lueur jaunâtre.
À cela, sans doute, faudrait-il ajouter que de la partie supérieur du tableau, en haut à droite, descend une ombre obscure, verdâtre, fantomatique, comme le symptôme inquiétant d’une menace insondable.
私の提出した訳 – ところどころ間違っています
この絵には何が描かれているのでしょうか?ほとんど何もありません。ただ、絵の下の方に砂色か土色の暗い色の絵の具に埋もれた小さな犬の頭があるだけです。
残りは、黄土色で塗りつぶされた上にほのかな黄色がかった色が薄く流れるように着色され広がっているだけです。
ここで、ぼんやりとした緑がかった幽霊のような影が、まるで底知れぬ不吉なことを暗示する前兆のように、絵の上部の右手に降りていることを言い添えておくべきでしょう。
ポイント
主語と動詞がない文
最初の文は、主語と動詞がありませんが、前の続きで、意味が通るので名詞だけで構成されています。
この箇所の私の訳はまあ、いいと思います。
ne … que
次の文は、La reste n’est que le ~は、皆がわからないと言っていたところです。
ne … que A は Aしか…ない、Aだけ…である
という限定表現ですが、つまりそれはAの部分を強調しているので、わかりにくかったら、ne … que をはずして考えるといい、とのこと。
確かにそうですね。
たとえば、
Je n’ai que dix euros.
10ユーロしか持っていない。
のne … queをはずすと
J’ai dix euros.
10ユーロ持っている。
とふつうの文になります。
今までそう考えたことがなかったので、これは目からうろこでした。
par endroits
ところどころに = ça et là という熟語
Son veston est taché par endroits.
彼の上着はあちこちに染みがついている。
この熟語に気づかず、teintée par|endroitsというふうに読んだので、変な訳になっています。endroits(場所)にteintée(着色される)なんて、おかしいから気づくべきなのですが。
前置詞のあとに、いきなり冠詞がなくて名詞がきているときは、熟語ではないかと疑ってみることが大切。
À cela (vient) s’ajoute 名詞/que S+V
その次の文頭の À cela, sans doute, faudrait-il ajouter queは、
À cela (vient) s’ajoute que
それに加えて
という構文。
À cela est venu s’ajouter qu’il commençait à pleuvoir.
それに加えて雨が降り始めていた。
s’ajouteの後ろの名詞が主語なので、この名詞にあわせて、s’ajouterが活用します。
この構文を知らなかったので、これまた変な訳になっていますね。
descend une ombre obscure は倒置していて、主語はombreです。
先生の訳
いったい何が見えるのか。ほとんど何も見えない。タブローの下部に、砂なのか土なのか、薄暗い色の絵の具に埋もれた一匹の犬の頭が見えるだけである。
その他は空虚であり、絵の背景には薄いインクが流れ、淡い黄色の光がところどころ塗られているだけである。
加えて、タブローの上部、右上からおりている影はくすんだ緑色をしていて幻想的であり、人を不安に駆る(かる)、底知れない危険の前触れのようだ。
フランス語の文の流れ
フランス語は形容詞が名詞のあとにきます。単語だけのときもあるし、関係代名詞で導かれた節のときもありますが、とにかく名詞の後ろ。
ですから、たとえば、une ombre obscure(不吉な影)とまず書いて、その影のもたらすイメージを verdâtre, fantomatique, comme le symptôme inquiétant d’une menace insondable.(くすんだ緑色で、幻想的で、底知れない脅しの前兆のよう)と言葉を重ねて、説明しています。
しかし日本語は、形容詞は名詞の前か、あるいは「主語は~」の~部分に来ます。たとえば、「花はきれい」の「きれい」が形容詞です。
そのためフランス語を直訳すると日本語にならないので、なんとか、たくさんある形容詞が文中におさまるように、主語を変えるなどの工夫が必要です。
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今回、構文を見抜けていなかった箇所も、なんとなくそれらしい訳をつけているのは、絵を見ながら、考えたからです。
この絵がなかったら、もっと変な訳をつけていたことでしょう。
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