1944年6月6日に行われたノルマンディー上陸作戦がテーマの動画の紹介、3回目です。
この作戦を英語では、Normandy landings フランス語では、Le débarquement de Normandie(またはDébarquement)と言い、決行日を、英語ではD-day。フランス語では、Le jour Jと呼びます。
この動画では、ノルマンディー上陸作戦が、必要以上に、象徴的な作戦になった理由を検証しています。
ノルマンディーの上陸:6月6日の偉業は神話か?
タイトルは、Débarquement de Normandie : l’exploit du 6-Juin est-il un mythe ?
8分15秒 フランス語の字幕を表示させることができます。
今回は4分50秒から6分40秒まで。
トランスクリプション
Un millier de soldats sont morts à Omaha Beach le 6-Juin 1944 et beaucoup sont enterrés ici, à Colleville-sur-Mer.
Un cimetière devenu très symbolique, où sont venus tous les présidents des États-Unis depuis Jimmy Carter.
Car depuis 1944, le 6-Juin est devenu davantage qu’un exploit militaire, le symbole d’une guerre juste, de la démocratie luttant pour la liberté.
Quitte à reléguer au second plan l’autre grand vainqueur de la guerre : l’URSS.
Le Débarquement de Normandie, n’est pas la bataille décisive, pour l’issue de la guerre.
L’Allemagne a perdu de sa substance, ses hommes, ses troupes, d’abord et avant tout sur le front de l’Est.
Mais peu importe, aux yeux de celui qui a fait du 6-Juin la célébration spectaculaire que l’on connaît aujourd’hui : le président des États-Unis, Ronald Reagan.
/Il y a une différence morale profonde entre l’usage de la force pour libérer et l’usage de la force pour conquérir.
Vous étiez ici pour libérer, pas pour conquérir.
Aujourd’hui, comme il y a quarante ans, nos armées sont ici dans un unique but: protéger et défendre la démocratie. /
À quelques mois de la campagne pour sa réélection, Reagan veut attiser la flamme patriotique américaine.
Exit la défaite de Pearl Harbor, qui était jusque-là l’évènement de la seconde guerre mondiale le plus commémoré aux États-Unis.
Son discours le plus vibrant, il le réserve pour le 6 juin.
/Ici les Allés se sont levés et battus conte la tyrannie dans une action géante, sans parallèle dans l’histoire. /
Mais les soldats du Jour J se voyaient-il eux-mêmes comme des chevaliers de la liberté, prêt à mourir pour la démocratie ?
和訳
1944年6月6日、オマハ・ビーチで1000人あまりの兵士が亡くなり、そのうちの多くの人が、このコルヴィル=シュル=メールに埋葬されています。
この墓地はとても象徴的な場所となり、ジミー・カーター以来、歴代のアメリカ大統領が訪れました。
というのも、1944年6月6日は、軍事的な偉業以上に、正義のための戦争や、自由のために戦う民主主義の象徴なのです。
たとえそうすることが、戦争のもう1つの大きな勝利者であるソビエト連邦を目立たないところに追いやることになったとしても。
– ノルマンディー上陸作戦は、戦争の結果を左右するような決定的な戦いではありませんでした。
ドイツは、すでに実態を失っていたのです。人員や部隊を。特にまず東部戦線で。
しかし、6月6日を今日、私たちが知るような華やかな祝い席にした人の目にはそんなことはどうでもいいのです。すなわち、アメリカ大統領、ロナルド・レーガンにとっては。
- 解放するために武力を使うのと、征服するために武力を使うことには、大きな倫理的な違いがあります。
あなたたちは、征服するためではなく、解放するためにここにいたのです。
今日、40年前と同じように、我々の軍隊は、1つの目的のためにここにあります。民主主義を守り擁護するためです。
再選キャンペーンの数ヶ月前、レーガンはアメリカ人の愛国心の炎をかきたてたいと思っていました。
それまで、アメリカでもっとも記念すべき第2次世界大戦でのできごとだったパールハーバーでの敗戦もなくなりました。
彼のもっとも感動的なスピーチは、6月6日に控えていました。
– ここで連合国は立ち上がり、暴政と戦うため、歴史上、類を見ない大きな行動を起こしました。
ですが、D-Dayの兵士たちは、自分たちが自由を守る騎士で、民主主義のために死ぬ覚悟があると考えていたのでしょうか?
単語メモ
un exploit 偉業
quitte à + inf. ~するおそれがあるかもしれないが、~することになっても仕方ない
reléguer 追いやる
au second plan 後方に、二次的な位置に
une issue 出口、解決策、成り行き
attiser (火、感情などを)かき立てる、あおる
une tyrannie 圧政、暴政
Omaha Beachは、5つあった上陸地点のうちの1つを表す連合国のコードネームで、実際の地名ではありません。
☆この続きはこちら⇒なぜノルマンディー上陸作戦は伝説となったのか?(4・終)
ノルマンディー上陸作戦については、その1に詳しく書いています。
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今回紹介したところでは、ノルマンディー上陸作戦は、後にアメリカの大統領によって、民主主義の勝利の象徴にされた、と言っていますね。
たしかに、戦争や軍事行動は、あとになって、いくらでも意味づけされてしまいます。言ったもの勝ち、声が大きい方が勝ちという面はあります。
実は、この記事、2年前から書いております。前半に比べて後半はかなり簡単ですね。
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