「オー・シャンゼリゼ」の訳詞をご紹介します。ジョー・ダッサン(Joe Dassin)の1970年のヒット曲です。ダニエル・ヴィダルの日本語版、原曲のジェイソン・クレストのWaterloo Road (ウォータールーロード)もご紹介します。
私ぐらいの年齢の人は、この曲、よく知っていると思います。日本語でもいろいろな人が歌っていますから。もしかしたら今の若い人は知らないでしょうか?
オー・シャンゼリゼの原題は、Les Chanps-Elysées (シャンゼリゼ通り)です。
オー部分は、Oh!だと思われがちですが、実は、Aux Chanps-Elysées という、à + les の縮約のauxのことです。
Les Champs-Élysées オー・シャンゼリゼ
パリの名所が出てくるスライドの動画でお聞きください。
歌うとまったりと明るい気分になれる曲ですね。
それでは和訳に挑戦!
Je m’baladais sur l’avenue
Le cœur ouvert à l’inconnu
J’avais envie de dire bonjour
À n’importe qui
N’importe qui ce fut toi
Je t’ai dit n’importe quoi
Il suffisait de te parler
Pour t’apprivoiser
僕は通りを散歩した
知らない人に、心を開き
「こんにちは」と言いたかったわけ
誰にでもね
たまたま君にもあいさつしたってわけさ
適当なことを君に話した
それで充分だった
知り合うには
☆Aux Champs-Élysées
Aux Champs-Élysées
Au soleil, sous la pluie
À midi ou à minuit
Il y a tout ce que vous voulez
Aux Champs-Élysées*
シャンゼリゼ通りに
シャンゼリゼ通りに
晴れの日も、雨の日も
昼間も、真夜中も
ほしいものはみんな
シャンゼリゼ通りにあるのさ☆
君は僕に言った。「約束があるの
地下室で、ちょっとおかしな人達と
夕方から朝までずっとギターを弾いてる人達なんだけど」
だから、僕は君について行ったよ。
みんなで、歌って、踊って
キスをすることすら思いつかなかった
☆~☆ 繰り返し
きのうの夜は見知らぬ二人だったのに
今朝は通りで
浮かれた恋人同士
長かった夜のせいだね
エトワール広場からコンコルド広場まで
千の弦のオーケストラのように
夜明けに鳥たちがそろって
愛の歌を歌うのさ
☆~☆ 繰り返し
☆歌詞は、下にある歌詞付き動画を参照してください。
単語メモ
se balader 散歩する
apprivoiser 飼いならす;なつくようにする、なじむ
「星の王子さま」で、「僕を飼い慣らしてくれ!」と頼む、「飼いならす」という意味の単語。ここでは、相手は人間の女性なので、親しくなる、仲良くなる
sous-sol 地下室、地下
étourdi(e) 軽率な v.étourdir 頭をぼうっとさせる
corde(s) 弦、複数で弦楽器
point du jour 夜明け、明け方
n’importe qui, n’importe quoi → n’importe + ◯ : どんな◯でも
fut ← être
la place de l’Etoile エトワール広場、現在のシャルル・ド・ゴール広場 la place Charles-de-Gaulle
「オーシャンゼリ」歌詞付き動画
ぜひカラオケのレパートリーにしてください。
ジョー・ダッサン(1938-1980)
ジョー・ダッサンはフランスで活躍した歌手、ソングライターですが、ニューヨーク生まれのアメリカ人です。父親は映画監督のジュールス・ダッシン。同じ名字ですが、息子の苗字はフランス語読みですね。
母親はヴァイオリニスト。両親ともユダヤ人です。1950年にハリウッドで赤狩りが始まり、ジュールス・ダッシンもブラックリストにのったので、一家でヨーロッパを点々とすることになりました。そのせいもあり、ジョー・ダッサンは外国語をいくつか習得しています。
彼は60年代、70年代に大活躍。しかし残念なことに1980年に心臓発作で亡くなりました。亡くなる半年ほど前に、心臓の手術をしています。
彼はタヒチが好きで、別荘を持っていました。1980年8月20日、タヒチでのバカンス中に亡くなりました。お墓はアメリカにあります。
彼はとてもいい声の持ち主ですね。
ジョー・ダッサンの曲はこちらでも紹介しています。
リュクサンブール公園・その1~「虎と小鳥のフランス日記」第14話 Le Jardin du Luxembourg (リュクサンブール公園)という曲をご紹介
フランス語の数字【第31回】91から 100 La vie se chante, la vie se pleure (人生は歌い、泣く)
ダニエル・ビダルによる日本語バージョン
とてもうまい訳詞です。
ダニエル・ビダル(Danièle Vidal)は1952年、モロッコ生まれのフランスの女子シンガーです。この方は歌手としての活動の去年を日本に置いており、1970年代、前半によくテレビにでていました。
原曲:Waterloo Raod 歌詞付き
オー・シャンゼリゼのオリジナルは英国のジェイソン・クレストというバンドが歌った「ウォータールー・ロード」という曲です。
Waterloo Raod by Jason Crest 1969
ビートルズのイエロー・サブマリン(1966)に似てますね。コーラスの部分はQueenみたいですが、実際にキラー・クイーン(Killer Queen)でこの曲を使ってるみたいです。
Jason Crestは1967~1969年に活動していたイギリスのサイケデリックポップグループ。全く売れず、この曲もそんなにヒットしませんでしたが、ジョー・ダッサンがフランスでフランス語で歌ったら、ものすごく売れました。
ジョー・ダッサンの歌い方がよかったのか、ウォータールー通りをシャンゼリゼにしたのがよかったのか。
この曲はこのバンドのメンバーが作ったのではなく、ザ・フォー・ペニーズ(The Four Pennies) というグループのマイク・ウィルシュ(Mike Wilsh)と、別のバンドにいたマイク・ディーガン(Mike Deighan)の作品です。
フランス語の歌詞はPierre Delanoë(ピーター・ドラノイエ)によるもの。
フォーペニーズのメンバーが作ったせいか、グループのリードボーカルだった、ライオネル・モートン(Lionel Morton)もこの曲をレコーディングしています。YouTubeで聞くことができます。
後半はまたフランス語から離れてしまいました。
便宜上(?)フランス語の歌を紹介していますが、私ブリティッシュ・ロックのほうが好きなのですよね。
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