オレンジ色の花

フレンチポップスの訳詞

ダリダの Le temps des fleurs (花の時代):歌と訳詞

メアリー・ホプキン(Mary Hopkin)の1968年の大ヒット曲、「悲しき天使(Those were the days)」。

私と同世代の方ならたぶん知っていると思いますが,そのフランス語版カバーバージョンである、Le temps des fleurs という曲と、歌詞を紹介します。

いろいろな人が歌っていますが、今回お届けするのは、1968年に発売されてヒットしたDalida(ダリダ)のバージョンです。

Le temps des fleurs は、直訳すると、「花の時、花の時期」です。「私たち、昔は若かったわよね~」と昔を懐かしんでいる内容なので、この記事のタイトルでは「時代」としました。「花の季節」でもいいとは思います。

花の時代、つまり青春時代です。



ダリダ:Le temps des fleurs

YouTubeにはダリダがスタジオで歌っている動画もありましたが、埋め込み禁止だったので、花がいっぱい出てくるこの動画にしました。

それでは訳詞に挑戦!

ロンドンの古い居酒屋
外国人が再会する場所
私たちの喜びでいっぱいの声が、薄暗がりからあがった
私たちの心が歌うのも聞いたわね
それは花の時代だった
2人は恐れを知らなかった
未来は、はちみつの味
あなたの腕は私の腕をとり
あなたの声は私の声に続いた
私たちは若く、天国を信じていた
ラララララ・・・

それから、霧の日が訪れた
耳慣れない音と、悲しみをつれて
月のない夜を何度過ごしたことか
私の心のパブを探しもとめて
まるで花の時代だった
恐れを知らなかった私たちが過ごしたのは
毎日がはちみつの味
あなたの腕は私の腕をとり
あなたの声は私の声に続いた
私たちは若く、天国を信じていた
ラララララ・・・

霧をふり払おうとしていた自分を思い浮かべる
あの時代に戻れると信じていた
月の光も自分で作り出した
私たちが昔のようにまた一緒に歌う場所
それは花の時代だった
2人は恐れを知らなかった
未来ははちみつの味
あなたの腕は私の腕をとり
あなたの声は私の声に続いた
私たちは若く、天国を信じていた
ラララララ・・・

今夜、私は扉の前にいる
もうあなたが来ることのない居酒屋の
この夜の歌を聞いても
私の心はそんな歌は知らない
それは花の時代だった
2人は恐れを知らなかった
未来は、はちみつの味
あなたの腕は私の腕をとり
あなたの声は私の声に続いた
私たちは若く、天国を信じていた
ラララララ・・・

単語メモ

criblé de + 無冠詞名詞  ~でおおわれた

lendemain  近い将来

brume  もや、霧、かすみ

chasser  追う、追い立てる、追い出す

時制メモ

■半過去形

昔のことを歌っているので、最後の、また1人でパブにやってきて扉の前にいる、というところ以外はほとんど半過去形です。

retrouvaient, montaient, écoutions, était, ignorait, avaient, prenait, suivait, vivait, avait, m’imaginais, croyais, m’inventais, chantions

半過去形の説明⇒半過去の活用と用法

■複合過去形

les jours de brume sont venus (霧の日々がやってきた) は、複合過去。

ここは、半過去で描写されているいわば背景の中で、あるアクションが起きた、というニュアンスで複合過去なのだと思います。

j’ai passé de nuits sans lune 月のない夜を過ごした

■単純未来形

tu ne viendras plus もうあなたは来ない

わりにシンプルな歌詞で、単語もそんなに難しくないですね。

ようするに、昔は、恋人と歌声喫茶的な飲み屋によくでかけて、2人で楽しく歌っていたけど、そのうち別れてしまったし、もう自分は年をとってしまった、という歌です。

ヴィッキーの歌う Le temps des fleurs

この曲はヴイッキー・レアンドロスも歌っております。

ウィキペディアによれば、ヴィッキーのバージョンは、1968年、日本とカナダの市場向けにレコディーングされたとのこと。

スタジオで口パクで歌っている動画です。最初にごく短いインタビューが入っています。ヴィッキーは故郷のギリシアについて話しています。

ヴィッキー、かわいいですね。きっと60年代、日本とケベックで人気があったのでしょう。

ヴィッキーは「恋はみずいろ」を歌った人です⇒恋はみずいろ L’Amour est bleu ~ヴィッキー:歌と訳詞

ダリダのほうが圧倒的に知名度が高いですから、フランス人にとっては、ダリダの歌声のほうがなじみがあると思います。

悲しき天使・メアリー・ホプキン

次に、オリジナルのホプキンの歌を紹介します。

映像はあまりよくありませんが、歌詞がついているので、これを選びました。

なぜ船の上(セットだと思いますが)にいるんでしょうかね? 船なんて歌詞には全然出てこないのですが。

オリジナルも、フランス語版と同じような歌詞ですが、フランス語版は、恋愛の歌になっているのに対して、こちらは、恋人同士というニュアンスはあまりありません。

「悲しき天使」の訳詞はたぶんいろいろなところにあると思うので訳しませんが、サビの部分だけ訳すと

Those were the days, my friend.
We thought they’d never end
We’d sing and dance forever and a day
We’d live the life we choose
We’d fight and never lose
For we were young and sure to have our way
La la la la la la…

あの頃は楽しかったわね
ずっと続くと思ってた
いつまでも、歌ったり踊ったりしたものよ
自分の選んだ人生を生きるつもりだった
戦って、絶対負けないと
だって私たち、若くて、自分の道を進むと確信していたから

‘d は would で、過去の習慣や習性を表していると思います。

そんなふうに鼻息荒かったわけですが、いったん社会に出たら、想像と全然違っていました。忙しくすごしているうちに、この人は、いったん、夢を見失いそうになります。

久しぶりに居酒屋にやってきたら、前とはずいぶん違っていました。扉のガラスに写っているのは、もう昔の陽気な自分ではなく、寂しげな女性です。

ところが、中から、聞き覚えのある笑い声がします。

おお、なんと、昔一緒に歌ったり踊ったりした彼(my friend)が中にいるではありませんか。しかも、この女性の名前を呼んでいます。

久しぶりに再会した2人。「お互い年をとったけど、相変わらずバカだよね、だって心の中には、昔の夢がまだ宿っているのだから。はははは…」。

こんな感じで終わります。

「悲しき天使」という邦題と歌の内容は合っていませんね。だって、別にこの人、最終的には悲しんでいないですよね? なつかしんでいるだけです。



「悲しき天使」はもともとはロシアの歌

Those were the daysは、もともとは、1910-1920年ごろのロシア語の歌謡曲だそうです。ソビエト連邦から亡命した人が、この曲を西側に広め、その後はロシア民謡として親しまれていました。

だから、ポーリュシカ・ポーレみたいにロシア民謡っぽいんですね。

この歌を今のような形にしたのは、1960年代に、グリニッチビレッジで奥さんとフォークソングを歌っていた、アメリカ人のジーン・ラスキン(Eugene Raskin)です。

ラスキンは、奥さんと一緒に、英語の歌詞をつけてレコーディングしました。このとき、彼はこの曲の歌詞と曲の著作権を取りました。

ラスキン夫妻は、毎年、イギリスのBlue Angelというクラブでコンサートをしていて、いつもしめはこの曲だったそうです。

Blue Angelといえば、リバプールにあり、ビートルズやローリング・ストーンズやらら60年代のはじめに演奏していた有名なクラブですが、英語版のWikipediaには、ラスキン夫妻が歌っていたのは、ロンドンのBlue Angelと書いてありました。

このクラブによく行っていたポール・マッカートニーは、この曲がいたく気に入り、ほかのミュージシャンにレコーディングさせようとしたものの、うまくいきませんでした。

ビートルズがアップル・レコードを作ったあと、マッカートニーは、メアリー・ホプキンに歌わせて(プロデュースして)、それが大ヒットしたわけです。

こちらが元のロシア民謡というか、ロシアの歌謡曲です。「長い道」というタイトルだそうです。

メロディーはまったく同じなのに、どうしてラスキンさんは著作権を取れたのでしょうか?

まわりは誰もこの曲を知らなかったからなのでしょうか。

いずれにしろ、メアリー・ホプキンのThose were the daysは大ヒットして、その後、20ヶ国語以上でカバーバージョンが出ています。

この曲、1曲のロイヤリティーだけで、ラスキンさんは、とても稼げてしまい、大金持ちになり家を何軒か建てたりして、裕福に暮したそうです。うらやましいですね。

ラスキンさん、まさか、こんなことになるとは夢にも思っていなかったでしょう。

まさか、あのポールがこの曲をプロデュースするなんてことは。

日本では、森山良子が歌ったりしましたが、今は、「花の季節」というタイトルで合唱曲として親しまれているようです。

ダリダの曲は、こちらでも紹介しています⇒あまい囁き(Parole parole)、ダリダとアラン・ドロン(歌と訳詞)

**********

ダリダが歌うと、大人という感じがするので、メアリー・ホプキンスのバージョンより好きだったりします。

とはいえ、昔は私も、「悲しき天使」が好きでした。ラジオでかかりまくっていましたからね。

今回、ダリダのこの曲を紹介したのは、5月19日に日本で公開されるダリダの伝記映画、Dalida(邦題、ダリダ~あまい囁き~)で、ひじょうに印象的に使われていたからです。

この映画、映画としてのできはともかく、ダリダの音楽がふんだんに流れるところは楽しいです。

次回もまた、ダリダの曲を紹介するかもしれません。






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コメント

  • コメント (8)

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    • alpha
    • 2020年 8月 22日

    those were the days 繋がりで、フランス語の歌詞があるとのことを聞きつけてやってきました。

    貴重な情報を有難うございます。

    歌詞がわかると理解と言いますか、愛着がわいてきますよね。

    邦題の「悲しき天使」だと失恋の歌になってしまっており、私的には本来の人生の歌としての日本語歌詞があれば良いのにと思わざるを得ません、とは言えあの当時のことは懐かしく思い出します。
    何時の日にか、この曲をピアノで弾こうとレッスンしていますが、この曲にはなかなかたどり着けません。

      • pen(フランス語愛好家)
      • 2020年 8月 23日

      alphaさん、

      はじめまして。

      コメントありがとうございます。
      記事がお役にたってうれしいです。

      Those were the days と、「悲しき天使」とでは全然違いますね。
      当時は、何でも、「悲しき~」とつけていたのかもしれません。

      私もこの曲(オリジナルの英語のほう)、よくラジオで聞きました。

    • kazu
    • 2021年 3月 16日

    Le temps des fleurs の歌詞の本当に見事な和訳を拝読し、ありがたく感じ、またご尊敬申し上げます。英語の Those were the days の方ですが、こちらもフランス語の歌詞と同様最後は友人との再会ではなく、ドアの前に立っていると、友人の笑い声や自分の名前を呼ぶ声が蘇ってきたということではないかと思うのです。フランス語歌詞は話をやや変えてはいますが、この点は英語歌詞を受け継いだのではないかと。これにつきまして歌のブログ「二木紘三のうた物語」の「悲しき天使」の投稿欄に 2020 年の 5 月 21 日に 2 回( 2 回目は私訳も)と 5 月 27 日に kazu の名前で投稿をいたしました。書きましたことは、月日が流れて居酒屋もすっかり変わってしまったのに、友人が来合わせているのは自然ではないと思うこと、その4 番のすぐ前で音楽が急に悲しげになり、悲しい話になる感じであるということです。詩ですから色々解釈があって当然だと思いますが、再会よりは幻の友人に話しかけている形の方が味わいが深いように思えるのです。再会か幻聴か、兼ねてより大きな疑問とする点です。お考えを賜りましたら大変ありがたいです。

    • kazu
    • 2021年 3月 16日

    たびたび申し訳有りません。先ほどの補足です。もし Those were the days の4 番が友人との再会だったら、「手を取り合った」とか「ハグした」とかが歌詞に入ると思うのです。アメリカ人は気持ちを行動で表しますから(私は今米国に住んで彼らを見ていて、そんな気がするのです)。

      • pen(フランス語愛好家)
      • 2021年 3月 17日

      kazuさま

      はじめまして。penです。

      コメントありがとうございます。

      オリジナルの英語の歌詞の解釈に関することですね。

      この箇所

      Through the door there came familiar laughter
      I saw your face and heard you call my name
      Oh, my friend, we’re older but no wiser
      For in our hearts, the dreams are still the same

      ここは、友人が実際に居酒屋にいるのではなく、
      この人が久しぶりに居酒屋に来て、昔のことを思い出していたら、
      友人が私を呼ぶ声が聞こえてきた(頭の中だけで)
      という解釈はできないか、というおたずねだと思います。

      そういう解釈でもいいと思います。

      ただ、歌詞に
      Through the door there came familiar laughter
      ドア越しに、なじみの笑い声が聞こえてきた

      とあるので、私はやはり、友人が店にいたのだと
      思います。

      さらに、「お互い、年をとったけど、賢くなっていないよね(つまり
      昔と変わっていない)」とも言っているから、
      実際に友人と会って、話をした、という設定ではないでしょうか?

      会ってハグしたかもしれませんが、それは歌詞に入っていないだけ。
      すべてを歌詞に入れる必要はありませんから。

      居酒屋の様子が変わっていても、場所は変わっていないから
      この人が久しぶりに店に来たように、友人が来ていても
      不思議はないと思います。

      この人は、しばらくこの街から離れていて、今回、地元に戻り
      久しぶりに来てみたけれど
      友人はずっと地元に残っていて、わりとしょっちゅう来ていたのかもしれません。

      この直前に、音楽がきゅうに悲しげになると書かれていますが、
      ここは、冒頭と全く同じではないでしょうか?
      この歌は、最初から最後まで、悲しげだと思います。

      とはいえ、友人は店におらず、店に来たら
      昔あったことを次々と思い出した、
      というふうに解釈しても全く問題ないですよ。

      この歌で歌っていることは、実際にあったことではなく
      「昔は若かった、あの頃が懐かしい」ということを歌いたいがための
      設定である、と考えれば、どちらでもかまいません。

      記事にも書いたように、この歌はもともとはロシアの歌だから
      作詞した人が実際にあったことを歌にしたわけではないでしょう。

      曲に合わせて、1つの物語を構築したのだと思います。

    • kazu
    • 2021年 3月 17日

    私の不躾な投稿に、丁寧なお返事をいただきまして、大変ありがとうございます。かような質問を差し上げご迷惑をおかけしましたこと、どうかこの優れた歌についての談義を楽しむということとお考えくださりお許しいただけましたらと思います。色々解釈ができ味わい方ができるのは優れた歌だからだと思います。ただもう一言だけ加えますと「ドア越しに声が聞こえてきた」と歌にありますが、ドアを開いた、とか、自分がドアを通って店に入ったという話がないので、この人は(フランス語歌詞と同様)ドアの外に立ったままだと思えるのです。 69 歳の色々悔い多い人生を送った人間の感覚としましてはその方が歌としてしっくりきます。しかし、ご説明いただいたことを大変よく理解できました。本当にありがとうございます。

    • kazu
    • 2021年 3月 17日

    度々申し訳ありません。二木紘三のうた物語の「悲しき天使」の項によりますと、

    この曲に『Those were the days』という英語詞をつけ、編曲して歌ったのがアメリカ人のシンガー・ソングライター、ジーン・ラスキンでした。歌詞は、居酒屋で仲間と飲みかつ歌い、語らった若い日を懐かしむ内容で、彼が1960年代に通ったニューヨーク、グリニッチ・ヴィレッジの白馬屋(The White Horse Tavern)という居酒屋での思い出が発想源になっているといわれます。

    とのことですので、英語歌詞はラスキンさんの(空想ではなく)実体験を書いたものと思えます。

      • pen(フランス語愛好家)
      • 2021年 3月 17日

      kazuさん

      こんにちは。

      >居酒屋での思い出が発想源になっているといわれます。

      そうなのですね。

      それでも、歌に出てきた内容がそのままあったわけではなく、
      やはりこの歌は1つのフィクション(空想ではなく創作)だと、私は思います。

      いずれにしても、歌詞にどんな意味をこめたのか、どんなことをベースに歌詞を書いたかは、
      作詞した人以外の人間がどんなにがんばっても知ることはできないので、
      歌を聞いている人が、自由に解釈し、楽しめばいいのではないでしょうか?

      では、今後ともよろしくお願いいたします。

      pen

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