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フランスでは、11月11日は Armistice(アルミスティス)と呼ばれる祝日です。
armistice は「休戦、休戦協定」という意味の単語。1918年11月11日に第一次世界大戦の休戦協定が結ばれたことを記念する日です。
日本語では「第一次世界大戦休戦記念日」のほか、「停戦記念日」や「終戦記念日」と呼ばれることもあります。
カタカナではアルミスティスと書かれることが多いですね。ただ、フランス語の r は喉の奥で出す音なので、ルとはっきり言うわけではありません。ルの母音をほとんど響かせずに、一息で言う感じです。
この日がどんな日で、フランスでは何が行われるのかまとめました。休戦記念日をやさしいフランス語で説明している動画も、2本紹介します。
1918年11月11日の11時、戦闘が止まった
第一次世界大戦は、1914年から1918年にかけて、おもにヨーロッパを戦場にして戦われた戦争です。
フランスは主戦場のひとつだったので、この戦争でとても大きな傷を負いました。兵士の死者はおよそ140万人。当時のフランスの人口はおよそ4000万人なので、30人に1人ほどが戦死した計算です。
1918年11月11日の午前5時すぎ、ドイツと連合国のあいだで休戦協定が調印されました。場所はパリの北東、コンピエーニュの森に停まっていたフォッシュ元帥(連合国軍の総司令官)の専用列車の車内です。
戦闘が止まったのは、その日の午前11時。11番目の月の11日の11時。1が並んで覚えやすいこの時刻に合わせて、今も各地で式典が行われています。
休戦協定は戦闘をやめる取り決めなので、これで戦争が正式に終わったわけではありません。講和条約であるヴェルサイユ条約が結ばれるのは、翌1919年です。
休戦から4年後の1922年、11月11日は国民の祝日になりました。
ちなみに、調印が行われたフォッシュ元帥のこの車両は、22年後にもういちど休戦協定の調印に使われます。1940年、ドイツがフランスを降伏させたとき、ヒトラーが同じ車両を同じ場所に運ばせたのです。
2012年からは、フランスのために死んだすべての人を悼む日に
はじめはこの大戦の戦没者を悼む日でしたが、2012年の法律で、11月11日はフランスのために命を落としたすべての人を追悼する日になりました。第二次世界大戦や、そのあとの戦争で亡くなった人も、この日に追悼されます。
背景にあるのは、この戦争を実際に戦った兵士がひとりもいなくなったことです。フランスで最後の兵士だったラザール・ポンティチェリさんは、2008年3月12日に110歳で亡くなり、アンヴァリッドで国葬が行われました。
11月11日、フランスでは何をするのか
毎年11月11日、フランス大統領はパリで記念式典を執り行います。
まず、シャンゼリゼ通りのコンコルド広場側にあるジョルジュ・クレマンソーの像に花束を供えます。クレマンソーは第一次世界大戦のときの首相で、フランスを勝利に導いた人。Père la Victoire(勝利の父)というあだ名で呼ばれました。
そのあと大統領は、共和国衛兵隊の騎馬隊に護衛されてシャンゼリゼ通りを上り、シャルル・ド・ゴール広場で軍隊を閲兵します。
最後は、凱旋門の下にある無名戦士の墓の前で黙祷。ここには身元のわからない第一次世界大戦の兵士がひとり眠っていて、墓の上では1923年から炎がともり続けています。毎日午後6時半には、この炎を再びかき立てて戦没者を追悼する儀式が行われます。
式典があるのはパリだけではありません。フランス中の町や村でも、戦没者慰霊碑(monument aux morts)の前で小さな式典が行われます。
人口が数百人の村にもたいていこの碑があって、この戦争で亡くなった村人の名前が刻まれています。地元のブラスバンドが演奏することも多いです。
祝日なので、学校も役所も銀行も休みです。お店は、閉まるところもあれば開いているところもあります。
胸につける青い花、ブルエ
この日、フランス大統領は上着のボタンホールに bleuet(ブルエ)という青い花をつけます。ヤグルマギクのことです。

Bleuet de France(ブルエ・ドゥ・フランス)は、1920年代に、傷ついた兵士たちを支援するために始まった活動です。
今は、退役軍人や、戦争で夫や親を亡くした人たちを支えるしくみになっていて、フランスの連帯のシンボルになっています。一般の人も、この日はブルエを胸につけたり、募金をしたりします。
第一次世界大戦の兵士はポワルと呼ばれた
第一次世界大戦を戦ったフランス兵には、les poilus(レ・ポワル)というあだ名があります。
poilu はもともと「毛深い」という意味の形容詞です。塹壕の中でひげも剃れなかったから、という説もありますが、当時の口語で poilu は「勇敢な、男らしい」という意味でも使われていました。兵士たちを勇敢な人として呼んだ言葉なのですね。
今でも、この戦争の兵士のことは、ふつうに les poilus と呼びます。
やさしいフランス語で見る、休戦記念日の動画
休戦記念日について、フランス語で説明している FrenchPod101 の動画を紹介します。学習者向けに作られた動画なので、構文も単語も平易です。
動画の内容
講師のイングリッドさんが、なぜフランス人が1918年11月11日を記念するのかを説明します。最初にクイズが出ます。第一次世界大戦のフランス兵にはどんなあだ名がついていたでしょう、という問題です。
この記事ではもう答えを書いてしまいましたが、動画では最後まで明かされません。
前半は、この戦争がフランスに残したものと、休戦協定の調印まで。
後半は、毎年の式典の流れ、最後のポワルが亡くなったあとに11月11日の意味が広がったこと、フランス各地で小さな式典が開かれることが紹介されます。
最後の Fun Fact は、大統領がボタンホールにつけるブルエの話です。
動画で使われている単語は、下の単語メモにまとめました。
この日の話に使える重要フレーズ
同じ FrenchPod101 に、休戦記念日に関係する単語を学ぶ短い動画もあります。
この動画に出てくる例文の中から、4つ紹介します。どれも短くて、この日の話をするときにそのまま使えそうな文です。
1. 休戦記念日は何を祝う日か
L’Armistice de la Première Guerre mondiale célèbre la paix.
第一次世界大戦の休戦記念日は平和を祝う。
la Première Guerre mondiale が「第一次世界大戦」。第二次世界大戦は la Seconde Guerre mondiale です。mondial(e) は「世界の」という形容詞です。
2. 戦争の期間
La Première Guerre mondiale a eu lieu de 1914 à 1918.
第一次世界大戦は1914年から1918年にかけて起こった。
avoir lieu は「起こる、行われる」。de 〜 à … で「〜から…まで」です。La cérémonie a lieu le 11 novembre.(式典は11月11日に行われる)のようにも使えます。
3. 停戦する
Nous cessons le feu quand un traité est signé.
条約が調印されたら、私たちは戦闘をやめる。
cesser le feu は「停戦する」。le feu は「火」ですが、ここでは「砲火、射撃」の意味です。名詞にした le cessez-le-feu(停戦)は、ニュースでよく見かける単語です。
4. ポワルの由来
On les appelle « les poilus » en référence à leur moustache.
彼らは口ひげにちなんでポワルと呼ばれる。
en référence à 〜 は「〜にちなんで、〜を指して」。appeler A B(AをBと呼ぶ)の形で、les が「彼らを」、« les poilus » が呼び名です。
この動画では、口ひげにちなんだ呼び名として説明しています。上で紹介した、勇敢な人をさす用法とは説明のしかたが違いますね。
単語メモ
armistice 休戦、休戦協定。l’Armistice と大文字で書くときは、1918年の休戦やその記念日をさします
convention 協定、取り決め
traumatisant(e) 心に深い傷を残すような
prendre fin 終わる
commémorer (式典などで)記念する
gerbe 花束(供花などの大きな束)
Garde républicaine 共和国衛兵隊
passer en revue 閲兵する、点検する
se recueillir 黙祷する、静かに祈る
la tombe du soldat inconnu 無名戦士の墓
bleuet ヤグルマギク
anciens combattants 退役軍人
veuve 夫を亡くした女性、寡婦(男性形の veuf は妻を亡くした男性)
orphelin(e) 孤児
poilu(e) 毛深い。名詞で第一次世界大戦のフランス兵
téméraire 向こうみずな、大胆な
monument aux morts 戦没者慰霊碑
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11月11日やフランスの祝日に関係する記事を、ほかにも書いています。
11月11日はリメンブランスデイ(戦没者追悼記念日)。赤いケシの花の日です(前編)
なぜ赤いケシの花(ポピー)を身につけるのか?11月11日はリメンブランスデイ(戦没者追悼記念日)(後編)
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フランスの休戦記念日について書きました。
日本で戦争というと、まず第二次世界大戦を思い浮かべますよね。ヨーロッパの人にとっては、第一次世界大戦も忘れることのできない戦争です。
第一次世界大戦のころ、日本は大正時代。日英同盟を背景に参戦し、青島や南洋の島々でも戦っています。ただ、主戦場から遠く離れていたので、日本側の死者は数百人から千数百人といわれています。
フランスの140万人とは桁が違います。戦争全体の死者は、兵士と民間人を合わせて1500万人とも2000万人ともいわれています。
多くの家族が身近な人を失ったことを思うと、フランスの人が11月11日を大切にしている理由が、わかる気がします。
同じ日、イギリスやカナダでは Remembrance Day(リメンブランスデイ)といって、赤いポピーの花を胸につけて戦没者を悼みます。
青いヤグルマギクと赤いポピー。どちらも、掘り返された戦場に咲いた花です。私はカナダに来るまで、この日のことを知りませんでした。
遠い昔、国のために戦って命を落とした人たちのことを、11月11日には少しだけ考えてみようと思います。
それでは、次回の記事をお楽しみに。
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