マリー・アントワネット

フランスにまつわるあれこれ

マリー・アントワネット、世界のイコン

パリのコンシェルジュリーにて、2019年10月16日から2020年の1月26日まで、およそ3ヶ月に渡って、マリー・アントワネットの展覧会が行われています。

10月16日はマリー・アントワネットの命日(この日、ギロチンで首を切られた)です。

マリー・アントワネットは人気があり、いまでも、広告に使われたり、絵に描かれたり、映画になったり、まんがになったりしておりますが、そういうさまざまなマリー・アントワネットが展示されています。

この展示会を紹介する3分ほどの動画をチェックしてみましょう。



マリー・アントワネット、ポップカルチャーのイコン

3分21秒。

トランスクリプト

De nos jours, certaines rêvent toujours de lui ressembler. Même le temps d’un bal, au château de Versailles. De près ou de loin, elle a toujours inspiré la mode. Et la moindre de ses reliques s’envole à prix d’or dans les ventes publiques. Même si on lui a coupé la tête, Marie-Antoinette, aujourd’hui, c’est culte. Une héroïne qui a traversé le temps et voilà pourquoi.

Bien avant la Révolution française, Marie-Antoinette est déjà une reine moderne qui n’a plus envie de vivre à Versailles. Au Petit Trianon, elle a recréé son monde bien à elle : ici, elle s’habille simplement, presque comme une femme normale et dans cet espace à taille humaine, elle n’accueille que ses proches, ses enfants, aucun courtisan.

De la cour, même au sein d’une partie de la famille royale, il y a une véritable entreprise de détestation pour ne pas dire de destruction à son égard. Le fait qu’elle souhaite être une simple particulière, qu’elle souhaite vivre sa vie de femme, c’est une source inépuisable d’incompréhensions et donc de fantasmes.

D’ailleurs, derrière la chambre de la reine, il y a l’endroit qui va précipiter sa chute. Quelques mètres carrés, un petit cabinet avec des miroirs à mécanisme.

On imagine qu’il y a des amants, qu’il y a des amantes, qu’elle épuise ses domestiques. Bref, ici c’est vraiment le cœur de la machine à fantasmes.

On la juge transgressive, on la juge aussi trop politique. Marie-Antoinette a voulu stopper la révolution en marche. Alors, elle va finir ses jours à la prison de la Conciergerie, surnommée l’antichambre de la mort, 4 000 prisonniers pendant la Terreur. C’est ici, dans cette cellule, reconstituée en images 3D, que Marie-Antoinette va passer plus de 70 jours sans jamais sortir.

On est loin de l’image de la femme frivole ou de la reine qui était critiquée juste pour ses dépenses sous l’Ancien Régime. Là elle a pris des décisions, dès le début de la Révolution française, qui la condamne aux yeux de l’opinion et qui en fait une contre-révolutionnaire.

Condamnée par le tribunal révolutionnaire, Marie-Antoinette est conduite sur l’échafaud le 16 octobre 1793. C’est la seule reine décapitée par la guillotine en public. Elle va entrer dans la légende.

Marie-Antoinette est devenue une icône planétaire au sens où c’est d’une part le personnage le plus représenté ou l’un des personnages historiques les plus représentés aujourd’hui à l’échelle mondiale. Et puis, c’est aussi… icône, ça veut dire qu’elle a été refabriquée par les images.

Car oui, l’image de Marie-Antoinette est partout, dans le cinéma américain ou au Japon, comme héroïne dans de nombreux mangas. Marie-Antoinette est plus contemporaine que jamais, finalement Marie-Antoinette nous ressemble.

トランスクリプトの引用元はTV5です⇒Marie-Antoinette : icône planétaire | Apprendre le français avec TV5MONDE

和訳

いまでも、彼女のようになりたいと夢見る人はいます。ベルサイユ宮殿で舞踏会が行われていたときも。

昔もいまも、彼女はいつもモードに影響を与えていました。ちょっとした遺品が、競売にて高額で売られます。

首を切られたのに、マリー・アントワネットはいまでは崇拝の対象です。時を越えたヒロインです。その理由を紹介しましょう。

フランス革命のずっと前から、マリー・アントワネットはすでに近代的な女王で、ヴェルサイユには住みたがりませんでした。

プティ・トリアノンで、彼女は自分の世界に引きこもっていました。ここでは、アントワネットは簡素な服を着ていました。ほとんど、ふつうの女性と同じように。

このふつうの人間に見合ったスペースに、彼女は近親者や自分の子供だけを迎え、宮廷の人間は入れませんでした。

宮廷は、ロイヤルファミリーが住む中心の場所でしたが、彼女を嫌うグループがいるだけでなく、彼女を破滅させようとする人たちもいました。

彼女は特に簡素でいることや、妻として生きることを望んでいました。ここは尽きることのない誤解と幻想のもとになっています。

実は、女王の部屋の後ろには、彼女をおとしめる要因となった場所(←転落を早めた場所)があります。数平方メートルの小部屋で、ここには(上下に)動かすことのできる鏡があります。

人々は、女王には男性の恋人も、女性の恋人もいて、使用人をこき使っていると想像しました。要するに、ここはまさしく幻想を生み出す中心地でした。

人々は、女王が何かを犯していると批判し、また政治的にも強く批判しました。マリー・アントワネットは、革命の進行を止めたいと思いました。

女王は、コンシェルジュリーの牢獄で残りの日々を過ごすことになりました。またの名を、「死の控えの間(l’antichambre de la mort)」というこの監獄には、恐怖政治の時代、4000人の囚人が囚われていました。

3Dイメージで再現されたこの小さな独房で、マリー・アントワネットは70日以上過ごし、一度も外に出ることはありませんでした。

軽薄な女性のイメージや、アンシャン・レジームの時代、浪費していたと批判された女王とはずいぶん違います。

ここで、彼女は決断をします。フランス革命が始まってからすぐに。それが大衆の目には、有罪に見え、反革命的に思えたのです。

革命裁判所で有罪となったマリーアントワネットは、1793年の10月16日、死刑台に連れていかれました。公衆の面前でギロチンによって首を落とされた唯一の女王です。そして彼女は伝説となりました。

マリー・アントワネットは、グローバルなイコンとなりました。もっとも表現されている(作品が作られている)人物として、もしくは、今日、世界規模でもっとも表現されている歴史上の人物として。

そう、彼女はイコンです。つまり、何度も彼女のイメージが作られています。

確かにそうです。マリー・アントワネットのイメージはそこら中にあります。アメリカ映画の中にも、日本のたくさんのまんがのヒロインとしても。

マリー・アントワネットは、これまでになく同時代の人です。ようやく、彼女は私たちに似てきたのです。

単語メモ

relique   聖遺物、遺品;思い出の品、形見

s’envoler   飛び立つ;(価格などが)高騰する

à prix d’or   非常な高値で

inépuisable  くみ尽くせない、無限の

fantasme   幻想

transgressif, transgressive  違反する、犯す

antichambre  控えの間

frivole  軽薄な

échafaud  死刑台

échelle  規模



マリー・アントワネットの生涯、関連動画

展覧会のプロモーションビデオ。マリー・アントワネットの生涯が1分半でわかります。

重要な日付だけ記しておきます。

1755年11月2日:オーストリアの皇帝の娘として、ウィーンで生まれる

1770年:14歳で、当事のフランスの王太子であるルイ16世の元に嫁入り

1774年:ルイ16世が王に即位したので女王となる

1781年:長男誕生

1785年:首飾り事件(私はマリー・アントワネットの親しい友人で、彼女にあげるから、と言ってラ・モット伯爵夫人が、高額な首飾りをだましとった事件)

1791年:1789年に革命が勃発したので、一家でオーストリアに逃げようとしたが、ヴァレンヌで見つかり、身柄を拘束される

1793年1月21日:ルイ16世が処刑される、マリー・アントワネットは子供と引き離され、最終的に、コンシェルジュリーに入れられる

1796年:10月14日に死刑が決まり、10月16日、ギロチンで首をはねられる

22年後、ルイ18世が、ルイ16世とマリー・アントワネットの亡骸をサン=ドニ大聖堂(歴代のフランス国王が眠っている場所)に改めて埋葬

■マリー・アントワネットが人生の最後を過ごしたコンシェルジュリーを紹介するクリップ。

2分21秒。

コンシェルジュリーはシテ島の西側にあるかつての牢獄(裁判所でもあった)。もともとはシテ王宮の一部でした。

現在はパレ・ド・ジュスティス(司法宮)の一部で、博物館であり、観光名所です。この建物の最大の見どころは、マリー・アントワネットが最後の日々を過ごした独房といえるでしょう。

マリー・アントワネットに関する過去記事もどうぞ:

映画『マリー・アントワネットに別れをつげて』予告編のフランス語~前編

映画『マリー・アントワネットに別れをつげて』予告編のフランス語~後編

マリー・アントワネットと18世紀のチョコレート

*****

マリー・アントワネットはオーストリアのプリンセスで、外国人だったので、それがまず、フランス人の気に入らないポイントでした。

当事の王様はみな、外国のプリンセスをめとっていましたが。

さらに、ぜいたくやおしゃれが好きで、良くも悪くも目立ったのでしょう。ずっと黒い噂がつきまとっていました。

たぶんカリスマ性があったのだと思います。

フランスの財政が破綻していたところに、ぜいたく好きのおひめさま(といっても、おひめさまってそういうもんだと思います)として存在していたので、見せしめとして、処刑となってしまったのでしょうね。

革命派が、自分たちの正当性を主張するために、マリー・アントワネットのイメージを操作した部分もあったはずです。

この世の天と地獄の両方を味わった人であることも、マリー・アントワネットの人生に興味をいだく人が多い理由の1つだと思います。






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