先延ばしを哲学の視点から考える動画を紹介します。
タイトルは、Pour en finir avec la procrastination : Arendt et le pouvoir de commencer(先延ばしを終わらせるために。アーレントと始める力)です。France Cultureのポッドキャスト「Le Fil」の1本です。
長さは3分27秒。フランス語の字幕はついていません。
哲学の話なので、1文が長く、抽象的な言い回しが続きます。一度でわからなかった文がいくつかありました。ただ、やる気の出し方を並べたノウハウ動画より、こちらのほうが背中を押される感じがします。
動画の内容:先延ばしと、始める力
パソコンの前に座っているのにファイルを開かない人の話から始まって、20世紀の哲学者ハンナ・アーレントの考え方につないでいく構成です。
先延ばしは安心であり、拷問でもある
明日やろうと口に出したとき、私たちは少し恥ずかしく、そして少しほっとします。
そのほっとする感じがどこから来るのか、動画は丁寧に説明しています。くわしくは重要フレーズで。
問題は、するかしないか
先延ばしをする人は、仕事にも休息にも身が入りません。動画では、ハムレットの名せりふをもじった一文でこの状態を言い表しています。
アーレントの、始める力
ここからアーレントの話に入ります。ドイツ生まれのユダヤ系で、フランス、そしてアメリカへ亡命した哲学者です。
彼女は、行動するとはどういうことかを探究しました。行動することは何かを始めることであり、新しいものをこの世に生じさせることだと考えます。
いまいましいファイルを開くという、ごく小さな行動でも同じです。
行動は奇跡である
アーレントは、あらゆる行動を奇跡と呼びました。1958年に出版された『人間の条件』(原題 The Human Condition。仏語版 Condition de l’homme moderne は1961年刊)で述べている考えです。
ファイルを開くくらいで大げさな
小さな行動にずいぶん大きな言葉を並べるものだ、と思う人もいますよね。この先は重要フレーズで。
重要フレーズ
私が難しいと思った箇所を6か所選びました。
1. ほんのちょっとのことなのに(0:01〜)
Vous n’arrivez pas à vous y mettre ? Hannah Arendt vous donne le secret pour éviter la procrastination. L’ordinateur est là, face à vous. Il suffirait de trois fois rien pour ouvrir le fichier et vous lancer, écrire enfin ce compte rendu que vous deviez déjà rendre il y a deux semaines.
なかなか取りかかれませんか? ハンナ・アーレントが、先延ばしを避ける秘訣を教えてくれます。パソコンは目の前にあります。ファイルを開いて取りかかり、2週間前に出すはずだった報告書をようやく書き上げるのに、必要なのはほんのわずかなことのはずです。
s’y mettre は、それに取りかかるという意味。y は、やるべきことを漠然と受けています。Il faut s’y mettre.(そろそろやらないと)のように使います。
trois fois rien は直訳すると「何もないの3倍」ですが、ほんのわずかなこと、たいしたことじゃないという意味の慣用表現です。
Il suffirait de 〜 は、〜だけで足りるだろう、という条件法。実際にはそうしていないので、〜すればいいだけなのにね、というニュアンスが出ます。
vous deviez déjà rendre il y a deux semaines は devoir の半過去。2週間前の時点で提出しなければならなかった、ということ。compte rendu は報告書やレポートです。
2. 安心と拷問(0:38〜)
Car la procrastination, le fait de remettre à plus tard, est toujours en même temps un soulagement et une torture. Un soulagement parce que le délai ainsi octroyé vous donne le sentiment, illusoire certes, mais sur le moment tellement réconfortant, qu’un espace infini vient de s’ouvrir devant vous.
先延ばし、つまりあとまわしにすることは、いつでも安心であると同時に拷問でもあります。安心だというのは、そうやって自分に与えた猶予が、目の前に無限の空間が開けたばかりだという感覚をくれるからです。それはたしかに幻想ですが、その瞬間はとても心地よいものです。
donner le sentiment que 〜(〜という感覚を与える)が骨組みで、le sentiment と que の間に illusoire certes, mais sur le moment tellement réconfortant という長い説明があります。
修飾語を外して骨組みだけにすると、le délai vous donne le sentiment qu’un espace infini vient de s’ouvrir devant vous となって、わかりやすくなります。
certes 〜, mais 〜 は、たしかに〜だが、しかし〜という譲歩の型。
ainsi octroyé は octroyer(与える、許す)の過去分詞が délai を後ろから修飾しています。そうやって与えられた猶予、ということ。
venir de + 不定詞 は近接過去で、〜したばかり。
3. 仕事も休息も手に入らない(0:52〜)
Et pourtant, cette tâche que vous avez repoussée continue à vous obséder. Car le procrastinateur ne connaît ni le travail, ni le repos. Il est hanté par le travail qui reste à faire et le repos qui n’est pas permis. En réalité, ce n’est pas être ou ne pas être qui tourmente Hamlet. C’est faire ou ne pas faire. Telle est la question.
それなのに、あとまわしにしたその仕事は、変わらずあなたにつきまといます。先延ばしをする人は、仕事も休息も知らないからです。やり残した仕事と、許されない休息に取りつかれています。実のところ、ハムレットを苦しめているのは、生きるべきか死ぬべきかではありません。するか、しないか。それが問題なのです。
ne connaître ni A ni B は、AもBも知らない、AもBも味わえないという否定。ni が2つ並ぶときは、pas を使わずに ne と ni だけで否定を作ります。
être hanté par 〜 は、〜に取りつかれる、〜につきまとわれる。hanter は、考えなどが頭から離れずつきまとうことも表す動詞です。幽霊が場所に出るという意味でも使い、une maison hantée はお化け屋敷です。
rester à faire は、まだやるべきものとして残っている。Il reste beaucoup à faire.(やることがまだたくさん残っている)のように使います。
ce n’est pas A qui 〜 は強調構文。プチ文法で取り上げます。
Telle est la question. は、それこそが問題だ。la question が主語、telle が主語の状態を示す語です。倒置しない語順なら La question est telle. ですが、ここではハムレットの言葉をもじった、格調のある語順になっています。
4. 眠りこみと死から救うもの(1:23〜)
C’est cette force qui nous sauve de l’endormissement, de la routine et de la mort. (…) Cette faculté de commencer du neuf, dit Arendt, est là pour nous rappeler constamment que les hommes, bien qu’ils doivent mourir, ne sont pas nés pour mourir, mais pour innover.
私たちをまどろみから、繰り返しから、そして死から救ってくれるのは、この力です。(中略)新しく始めるこの能力は、人間は死ぬ身ではあるけれど、死ぬために生まれてきたのではなく、新しいものを生み出すために生まれてきたのだと、絶えず思い出させてくれるのだ、とアーレントは言います。
endormissement は眠りに落ちること。ここでは、何も感じなくなって惰性で過ごす状態を指しています。
du neuf は新しいもの、新味という意味。nouveau と neuf は位置によってニュアンスが変わり、un nouveau livre なら新しく手に入れた本や別の本、un livre neuf なら未使用の新品を指します。ここでの neuf は新品という意味ではなく、世界に新しいものを加えるという意味です。Quoi de neuf ?(何か変わったことある?)という表現にも出てきます。
bien qu’ils doivent mourir の bien que は接続法をとります。doivent は devoir の直説法と接続法が同じ形なので見分けがつきませんが、接続法のつもりで読むべきところです。死ななければならないとはいえ、という譲歩です。
ne sont pas nés は naître の複合過去。助動詞は être を使います。
dit Arendt は、〜とアーレントは言う、という挿入。日本語なら文の終わりに来ますが、フランス語では文の途中に入って主語と動詞がひっくり返ります。
5. 行動は奇跡(2:03〜)
Un miracle, c’est quelque chose qu’on n’attendait pas, une manière de lutter contre l’ennui et la routine. Agir, c’est faire un miracle, c’est faire naître quelque chose. Car, ajoute Arendt, la natalité n’est pas seulement donner naissance à un nouveau-né, c’est donner naissance à la nouveauté.
奇跡とは、予期していなかったこと。退屈と繰り返しに立ち向かう方法です。行動するとは、奇跡を起こすこと、何かを生まれさせることです。アーレントはさらに、出生とは、赤ちゃんを産むことだけではなく、新しさを生むことでもあると述べます。
Agir, c’est 〜 という言い方が続きます。不定詞をぽんと置いて、c’est で受け直す定義の型です。Vivre, c’est choisir.(生きるとは選ぶことだ)のように使えます。
faire naître は、生まれさせる、生じさせる。faire + 不定詞で、〜させるという使役になります。
lutter contre 〜 は〜と戦う。
natalité は出生や出生率。taux de natalité(出生率)のようにニュースで見かける単語です。ここでは、新しいものが生まれること全般に広げて使われています。
6. 大げさな言葉ですか(2:35〜)
De bien grands mots pour de petites actions, me direz-vous. Après tout, ouvrir ce fichier, c’est quand même pas sauver le monde. Eh bien si, c’est précisément le cas. (…) C’est cette foi, complètement philosophique et non religieuse, qui fait se dire qu’il vaut toujours mieux agir que ne rien faire, que l’avenir n’est pas autre chose que ce que nous en faisons et que demain n’attend pas.
小さな行動にずいぶん大げさな言葉だ、とあなたは言うでしょう。だって、このファイルを開くことは、世界を救うことではありませんよね。いや、まさに世界を救うことなのです。(中略)まったく哲学的で、宗教的ではないこの信念が、こう思わせてくれます。何もしないより行動するほうがいつだっていい。未来とは、私たちがそれをどうするかにほかならない。そして明日は待ってくれない、と。
me direz-vous は、とあなたは私に言うでしょう、という挿入。単純未来で、相手の反論を先回りするときの決まった言い方です。
Eh bien si の si は、相手の否定を打ち消して肯定するときに使います。ここでは、「世界を救うことではない」という否定の内容を、si によって「いや、救うことなんです」と打ち消しています。
foi は信念、信仰。
il vaut mieux A que B は、BよりAのほうがよい。ここは agir と ne rien faire を比べています。
ce que nous en faisons の en は de l’avenir を受けています。未来をどうするか、ということ。
単語メモ
s’y mettre (仕事などに)取りかかる
trois fois rien ほんのわずかなこと、たいしたことではないもの
à portée de main 手の届くところに
se lancer 思い切って始める、飛びこむ
compte rendu 報告書、レポート
honteux 恥ずかしい
soulagement 安心、ほっとすること
torture 拷問
remettre à plus tard あとまわしにする
délai 猶予、期限
octroyer (猶予・許可などを)与える
illusoire 幻想の、まやかしの
réconfortant 心を慰める、ほっとさせる
repousser あとに延ばす、押しやる
obséder (考えが)つきまとう、頭から離れない
hanter 取りつく、つきまとう
tourmenter 苦しめる、悩ませる
exilé 亡命した
endormissement 眠りこむこと、まどろみ
advenir 起こる、生じる
maudit いまいましい、のろわれた
faculté 能力
du neuf 新しいもの
innover 新しいものを生み出す
ouvrage 著作
natalité 出生、出生率
nouveau-né 新生児
espérance 希望
bâtir 築く
laisser les choses en l’état 物事をそのままにしておく
paralysie まひ
foi 信念、信仰
プチ文法:強調構文 C’est 〜 qui / C’est 〜 que
この動画は強調構文がたくさん出てきます。
基本の形は、強調したい語を C’est と qui または que ではさみます。
強調するのが主語なら qui、それ以外なら que を使います。
C’est cette force qui nous sauve de l’endormissement.
私たちをまどろみから救ってくれるのは、この力です。
sauve の主語である cette force を強調しているので qui。
C’est le mot qu’elle emploie dans son ouvrage.
それが、彼女が著作の中で使っている言葉です。
emploie の目的語なので que。que のあとには主語と動詞が続きます。
否定にするときは、c’est の部分を ce n’est pas にするだけで、qui や que のあとはそのままです。
Ce n’est pas être ou ne pas être qui tourmente Hamlet.
ハムレットを苦しめているのは、生きるべきか死ぬべきかではありません。
他の例文:
C’est mon frère qui a fait ce gâteau.
このケーキを作ったのは弟です。
C’est ce livre que je cherchais depuis longtemps.
私が長いこと探していたのは、この本です。
C’est demain que je vais m’y mettre.
私が取りかかるのは明日です。
強調するのが複数形の名詞のときは Ce sont になります。Ce sont mes parents qui m’ont appelé.(電話をくれたのは両親です)のように。ただし話し言葉では C’est ですませることも多いです。
強調しているのが自分のときは、qui のあとの動詞を moi に合わせて活用させます。C’est moi qui ai raison.(正しいのは私です)。qui の先行詞が moi なので、動詞は一人称単数の ai になります。
なお、動詞の不定詞をそのまま主語にして c’est で受ける Agir, c’est commencer quelque chose. の形は、強調構文ではなく定義の言い方です。
先延ばし・関連動画
先延ばしをやめることについて、実践的な動画も紹介します。
タイトルは、4 clés pour lutter contre la procrastination(先延ばしと戦う4つの鍵)。ビジネスコーチのFranck Nicolasさんが話しています。
2分38秒。フランス語の字幕が画面に焼きこまれているので、聞き取りの確認がしやすいです。
内容はこんな感じ:
・恐怖を乗り越える:先延ばしの裏には不安や恐れがあります。安全な場所で、こわいと感じる対象に少しずつ慣れていく方法がおすすめ。
・圧倒される感じを減らす:全体を眺めていると大きすぎて動けなくなります。エベレストの頂上ではなく、まずベースキャンプを目指す。そうやって小さく区切ります。
・次の一歩だけを見る:何をすればいいのかわからない状態が、先延ばしを呼びます。夜の運転でヘッドライトが照らす数十メートル先だけを見て進むように、目の前の一歩に集中します。
・小さな達成感を積む:取りかかりやすい大きさに分けると、一歩進むたびに、できたという感覚が生まれます。人は感情で動くので、その感じが次の行動につながります。
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どんなにささいなものであっても、誰かの行動が、世界を変えることにつながる。この考え方は、なかなかいいと思いました。
バタフライエフェクトという言葉もありますし、この世界は有機的に結びついていますよね。
宿題を明日にまわさずに今日やるとか、ずっと放置していたボタンをつけるとか、そんな行動も回り回って、少しずつ世界をよくしていくのかもしれません。やるべきことをすれば、自分もすごく気分がいいです。
それでは、次回の記事もお楽しみに。












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